
※写真:明治38年の店舗
「花園万頭」の創始者石川弥一郎は、加賀銘菓の老舗「石川屋本舗」の3代目に生まれました。
「石川屋本舗」は天保5年(1834年)、加賀百万石の城下金沢に創始者石川弥三兵衛によって始められ、茶道の盛んな金沢で家業は繁栄し、
2代目伊三郎、3代目弥一郎へと引き継がれました。

※写真:昭和初期の店舗
日本中が日露戦争の凱旋で沸き立っていた明治39年、弥一郎は東京へ進出することを決意し、東京青山に最初、店を構えました。 大正に入り、赤坂中ノ町へ移転、製造小売りから製造卸売業へと事業も軌道に乗りましたが、昭和4年工場の出火により、店も工場も灰燼に帰してしまいました。

※写真:現在の本店ビル
昭和5年、金沢出身の弥一郎は、加賀百万石前田家の御用の地であった現在地、新宿三光町(現新宿5丁目)に店を移し、近隣にある新宿の鎮守花園神社の名にちなみ、 古来より饅頭に種々研究を改良を加えて考案した独特の万頭に花園と命名し、新しい菓子「花園万頭」を作りました。それと共に店名も「花園万頭本舗」と改められ、今日の基盤を築いたのであります。